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2017年8月 4日 (金)

烏は丸く収まらない

阿部智里「弥栄の烏」。

続きものだけど、刊行が年1冊って、地味に厳しい…

一見、サッドエンド寄りの大団円に持って行ったように見えます。

でも、これはあくまで「第一部・完」。

志帆と椿の物語は、きっとまだ先がある。奈月彦に自我が生まれた意味がある。雪哉の物語は全然終わっていない。

何より…紫苑の宮は、新しい希望とか、テンプレートな終わり方のために生まれた子ではないと思う。

玉依姫の神託を背負って生まれてきた女の子。この子が生まれてから特に、奈月彦が普通の八咫烏らしい。何よりも、山内の初めに居た烏の長は女だった。

そこには何か深い意味があると勘ぐってしまうわけです。

それに、きっとこの著者は、山内の終焉までを書くと思う。

滅びゆく世界を描く理由は、救いたいか、滅ぼしたいかのどちらかで、前者の線は失われたから。それと、烏が犯した罪から生まれて、今回またひとつ、罪を重ねて存続した世界は、やっぱり滅びるに値すると思う。

重いなー。

私は今回、奈月彦にただ、貴方は浜木綿と出逢えてよかったね、と言いたいんです。だから、貴方は生きていける。「絶望を過大評価するな」っていう言葉は、凄く重くて意味深い。雪哉の「絶望なんかしない」と絡めると、お互いに深い。

なんだかんだ言って、奈月彦は浜木綿無しでは生きていけないんだと思う。金烏として存在することは出来ても。でも、どんなに彼女を愛していても、それを知覚する術が、彼には無いんですよね。その辺切ないな。

そして、全部わかってて、全部ひっくるめて奈月彦を愛せる浜木綿は、この物語のゴッドマザーなんだなと思います。

彼女が絶望を語れるのは、「自分には子供が生めない」という、極大の絶望をよく知っているからでもあると思うんですよね。その気持ちは、私にもよくわかる。

だから、その先にどんな意味があるとしても、紫苑の宮が生まれてきて、本当に良かった。

そして奈月彦と浜木綿には、この世界の終わりまで寄り添っていて欲しいと思うのです。

だからこそ、ここで物語が終わってくれないのが恨めしくもあります。

雪哉については…行きつくところまで真っ黒に染まって、錆びた刃物のようになりましたね。痛々しい。

ただ、彼の物語はまだ続く筈ですから。

一年ごとの刊行を待つのは非常にしんどいんですけど。今回もしんどかったですけど。

待ちます。

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