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2017年7月29日 (土)

隣のおばちゃん

私が子供の頃、隣の家には、不思議な人が住んでいました。

最初は、何ら不思議とは思っていなかったです。朗らかで優しい、隣のおばさんだと思っていた。

でも、小学生くらいになると、気が付くことがあったんです。この人は大人だけど、結婚していないし、仕事に行くわけでもない。二桁の年齢になると、彼女の外見と内面が、物凄く食い違っていることに気が付きました。年齢は、恐らく私の両親よりはすこし上。というのは、おばさんの母親の見た目年齢から想像しました。振る舞いや考え方が、ざっくり言うと未就学児のようなんです。もちろん、実年齢が未就学児なわけ無いんだけど、見た目相応の年齢だと思うには、違和感がありすぎて。それで、彼女だけを見ていると、何歳の人だか全然分かりませんでした。何より、彼女は私の両親を「おじちゃん」「おばちゃん」と呼んだんですよね。正直、混乱してました。

家の前を通りかかると、彼女はよく庭先に居て、満面の笑顔で挨拶をしてくれました。時々、思い立ったように我が家にやってきました。大抵、町内のスーパーのセールで買った安い菓子パンなどを持って。これが安かったよ、教えてあげるよとか、美味しかったよ、わけてあげるよ、などと言いながら、やっぱり笑顔で。

で、私の母は彼女を苦手としていたので、祖母か私が応対に出ることが多かったです。で、正直「面倒臭いな」と思ってました。菓子パンそんなに好きじゃなかったし。彼女の話は長かったし。

そうこうしているうちに、私は大学生になり、家を離れました。その間に、隣の家が無くなりました。聞いたところでは、母親が高齢になり、二人で暮らしていくことが難しくなったため、別々の施設に入所したと。間もなく母親は亡くなったと。彼女は朗らかで人懐こい性格だから、新しい生活環境でもきっと上手くやっていくだろうけれど、どうして母親に会えなくなったのか理解出来ないだろうし、それだけは不憫だ、というのは祖母の言葉です。

そうか、と思って、その時は終わりました。

その後、何年も経って、何の脈絡もなく、気づきました。

あのおばさんには、恐らく知的障害があったんだろうな、と。

知的障害という概念はもちろん知っていたし、授業の一環で障害者施設を訪問したこともありました。でも気づかなかった、というか、思いもしなかった。

私にとって彼女は、何よりも、物心つく前から知っている、隣のおばさんだから。

そのおばさんが何者かなんて、考えもしなかったんですよ。

で、私は二十年弱ほど彼女の隣人をしていて、何か学んだでしょうか。

そんなこと知りません。無いかもしれないとも思います。

反対側の隣の家に住んでいるおばさんから何か学んだか、と問われても、同じ回答をするでしょう。悪い人じゃないけど、深い付き合いがあるわけでもなく、親しくない人から見れば「普通の人」です、そのおばさん。それと同じこと。

そうそう簡単に、お隣さんから多くを学べませんってば。

私が今後、知的障害者の方にお会いすることがあっても、あのおばさんに接していた経験が活きるわけじゃなさそうだし。こういうことに気をつけましょうとか、何がNGとか、まったく知らないですもん。

大体、私は嫌いなんですよ。障害者の方から「学ぶ」っていう考え方が。車椅子の介助方法とか、手話とか、何か具体的なスキルを、本当に「学ぶ」んじゃなかったら。

隣のおばさんは、私に説教するために存在していたわけでもなければ、訓示を垂れるために生きていたわけでもない。ただ、彼女と、彼女のお母さんの幸せのために、毎日生きていたんだと思います。そこから何か良いものを受け取ったとしても、それは単に、余慶を蒙っただけのことだとですから。

ただ、ひとつ学んだとすれば、「難しいよね」ってこと。

娘として、一応フォローしておきますと、私の母はパーソナルスペースをかなり広めに必要とする人です。だから、未就学児のような振る舞いをするおばさんの、距離感の無さが許せなかったんだと思う。それプラス「この人は障害者だから、本当はこんな対応じゃいけないのに」という自己嫌悪があったんだろうなと。けっこう真面目なので、母は。

隣人としては、そこは乗り越えなければいけなかったの? でも、隣に住む人が健常者で、生理的にどうしても苦手! という人なら、嫌いでも許されるかも? その差は何? 障害者の場合はサポートが必要だから? ということは、考え出すと、割と難しい。

隣の家があった場所には、今はアパートが建っています。その前を通る時、何回かに一回、おばさんのことを思い出します。彼女は今、元気にしているだろうか? しているといいな。単純に、ご縁があった人があんまり幸せじゃない、という話を聞くのは嫌だから。

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