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2017年6月 3日 (土)

アウシュヴィッツの図書係

実話をベースにした小説だそうです。

アウシュヴィッツの一角には、赤十字の査察を誤魔化すために、基本的にはガス室に直行させていた小さな子供たちを仮に生かして、親と一緒に暮らさせていた区画があった。本も文具も無いけれど、そこには一応学校があって、「いつまで生かされているんだろう?」と疑心暗鬼になりながら、それを運営している大人たちが居た。ヒロインのモデルになった女性は、当時15歳で、そこにあった本(見つかったら即、銃殺レベルの禁制品、でも何故か存在する)の管理を担当していたそうです。

最初に思ったことは、私はアウシュヴィッツの全貌を、全然知らないなっていうこと。このテーマの本は、随分たくさん読んできた。でも、それは全部、当事者だった人たちの回想を元に書かれているので、彼らが見聞きしたことしか書かれていない。それはこの本も同様です。いずれ、何処かでそれを補完しなければ。

次に、人間って何だろうなぁ、と、やはり考えてしまいます。

アウシュヴィッツに収容されていた人々が「闇市」を開いていたことは、知っていました。でも、何度でも考えたくなる。非人間の極みである状況下で、まだ何かと何かを取引しようとしている人間が居るって、どんなことだろうと、考えて、考えもつかない。何かしら立ち回りが上手かったり、偶然が重なったりして、他の人が手に入らないものを持っている人が居る。具体的には、配給以外の食糧とか、石鹸とか、着替えとか。それを手に入れようと、交換条件を提示する人が、現れるんですよね。何もなければ体を売るとか。

そのあたりのエピソードは、やはり、どの本で読んでも考え込んでしまいます。人間って逞しいなと言っても、人間って浅ましいなと言っても、物事の上っ面にも触れていないような気はする。

どうしてこんな非人間的なことが出来たんだろうとは、もう考えないですけどね。ただ、主人公が、元美容師だったという女性看守を称して「戦争が無ければ、この人もただの人の良い美容師で、ユダヤ人の髪だって切っていたんだろう」と言ったのは真実だろうと思います。

そして、命がけで毎日本の管理をしていヒロインの気持ちは、ちょっとだけ理解出来る気がしました。本を開くのはヴァカンスに出かけるようなもの、本はタイムマシーン、本はすべてを知っている。そう言いたくなる彼女の心情は、分かる、と言うより、分かりたい。何の苦も無い状況ではあるけど、私もこれまで、何度でもそんなことを思いながら生きてきたから。

本を持っていたからこそ、彼女はせめて人間らしく生きようとしたし、子供たちを生かそうとしたんでしょう。

ただ、私は彼女の倍以上生きて相当スレたし、彼女よりは圧倒的に恵まれた教育を受けたので、一応知っています。

本に書かれた時点で、現実との間には、一定の距離感が生まれます。特にこれは、実話ベースだけど、あくまでも小説。その点は厳に注意すべきです。実は、この小説の本文中には、ヒロインが子供たちに小説を朗読するシーンがあります。その小説、実在する作品なのですが、朗読された内容は、著者が「その作品ぽく」作った捏造エピソードなんですよ。多分これは「あくまでも小説ですよ」っていう、著者からのメッセージなんだと思います。

ていうのはともかく。

本から零れ落ちる事実があることは、とにかく認識すべき。本は嘘をつく。本はすべてを語り切らない。現実に触れなければわからないことは、必ず、たくさんある。でも、触れえない現実もたくさんある。そういうものを、それでも見てみたい時は、本を経由するしか無い。だから私は、本を愛してきたし、感謝もしてきた。

そんなことも、改めて考えました。

ただね…やはり、消耗するんです。特に最近は。

1人の時なら何だって読めました。何にぶち当たったとしても、粛々と耐えるだけ。

でも今は、どうしても気づいてしまうんです。

例えば、私の子は、もしアウシュヴィッツに収容されていたら、ガス室直行だったってこと。ガス室に向かう行列の中で、ふざけて親を困らせていた悪戯坊主が居た。その子がどんな子だったかってこと。

それはそれは耐え難いことなんですよ、それらのことに立ち向かうのは。

もうひとつ。

ヒロインのモデルになった女性は、戦後、アウシュヴィッツで知り合った男性と結婚してイスラエルに移住し、キブツで働いて子供たちを育て上げたとのことです。

多分、私にそのことを批判する権利は無い。

でも、やっぱり思いました。

かつては迫害を受けた立場の彼女が、今度はパレスチナ人を追い立てる側に立ったんだね、と。

それもまた、気づくと消耗する現実ですね。

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