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2017年6月26日 (月)

憲法は国民のものです

だから、憲法を変える時は、政府からじゃなく国民の側から「変えよう」と言い出す時。論点を示すところまでは政治家の仕事のうちだと思いますが、いつまでに変えようとか、そのために逆算してスケジュール組もうとか、言語道断だと思うわけです。

2020年っていう数字に、憲法にとっての意味は無いじゃないですか。

それなのに、どうしてそこに期限を切るのか。

自分の在任中に。それは、まったく理解出来ないわけではないけれど。

でも、あの法案やこの法案のように力づくでやられたら、と思うだけで悪寒が走る。

九条に自衛隊の存在を明記しましょう。それは私もそう思いますよ。その上で、重ねてこれは自衛のためにのみ使われること、対外的な攻撃には用いないことを書いておく。言ってみれば「戦力だけど戦力じゃないよ」ってことを、詭弁だとしても書いておくこと。それも必要だと思う。

ただ、これは私の素人考えなので、実際やるなら、かなり慎重に文言を考えなければいけない筈です。理論がそもそも詭弁だから。こう書いたらこういう解釈も成り立ってしまう、でもこの解釈はマズイ、じゃあ、そう解釈されないためにはどうするのか。そういった細かい検証がかなり必要になる。

今年中に纏まるような検証じゃ足りません。でもこれは、何をどんな条文に変えたい場合もそうだと思うんですよね。議論の分かり易さや難しさには差が出るでしょうけど。

で、専門家がそれなりの叩き台を作ったら、国民がそれについて、それなりにじっくりと考える時間だって必要でしょう? 各県庁所在地で複数回のタウンミーティングをするくらいのことはしてもいい。

そんなことやってたら、3年じゃ足りないでしょ。

でも、国民的議論を深めるって、そういうことだと思います。

それもしないで、期限を切って力づくで変えようとしている人を見ると、憲法って貴方のものじゃないんですよ、と言いたくなるわけです。いや、本音ベースではもっと汚い言葉ですけど、一応公序良俗はわきまえているつもりなので。

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