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2011年4月13日 (水)

もうひとつの祈り

震災や原発事故の話題に隠れがちですが、今日、日本で初めて、10代のドナーから、臓器移植が行われました。

交通事故で重い傷を負った、10代前半の男の子だそうです。

まずは何よりも、突然命を絶たれてしまった彼のご冥福を、心よりお祈り申し上げます。

そして、難しい決断をなさったご家族の皆様に、全面的な賛同の意を示したいと思います。

でもそれは、「他の人もこうしなければならない」という意味ではありません。まったく逆。

ただ、このご家族は、適法の範囲内で、最愛の、若い命の終わりという、受け入れ難い現実と向き合う方法を選んだ。

その決断は、誰にけちをつけられることもなく、尊重されるべきだと言いたいのです。

それが逆の決断でも、同じ事を言いたい。

脳死とは、グレーゾーンなのです。

可能性は無くても命を繋ぐことは、とりあえず出来る。体温は保たれ、髪や爪も伸びる。それを「死」と言い切れない思いが、当然あるでしょう。

一方、機械の助け無しには呼吸さえ不可能で、回復の見込みが無い体を、「生きていない」と言いたい思いも、また当然あるでしょう。

それは、一概に「こう」とは言えないことなのです。

だから、個々の決断が、最大限尊重されるべき。

私にも経験があることなので、思いの何%かはわかると思いますが、若い命が突然消えてしまうというのは、非常に非常に受け入れ難いことなのです。

並大抵の苦しさではないんです。

だから、当事者でない私たちに出来ることは、黙って寄り添うことだけなのです。

恐らくこのご家族の気持ちにも、揺れが生じるでしょう。あれで本当に良かったのかと、後から悩み、苦しむことがきっとある。正解の無い、難しい決断をされたのですから。

でもそれは、例えば、長い闘病の末に家族を亡くしたケースなどでも、起こりうることだと思います。もっと早く病院に連れて行っていたら、とか、あの治療で良かったのか、とか、もっと些細なこと、あんなこと言うんじゃなかった、の類まで。

これもまた、正解が無い故の苦しみだと思うんです。

そういう決断は苦しいものなのです。

そんな揺れもあっていい。寧ろ当然。その揺れにまで寄り添えたら、と切に願う。

ただひとつ、これだけは正解だと言いたいのは、亡くなった家族に、あなたを苦しめる意図は無いんだよ、ということ。

悩んでも苦しんでも揺れてもいい、それは人として当たり前の弱さだから、でも、最後の最後で、あなたを否定しないで欲しい。無理はしなくていいけれど、いつかまた、笑って、元気に生きていけるあなたであって欲しい。愛し合っている家族なら、きっとそう思っています。

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