« 負け犬の無駄吠え | トップページ | ショック療法だったのか »

2007年11月13日 (火)

悪いのは誰なんだろう

一連の食品表示の偽造に関連して。家人曰く「根本的に、何でも食べたがる欲の深い消費者が悪い」らしい。

なんか、私は一瞬自己否定されたような気がして、背筋が凍った。

確かに、うちの家族は美味しいものにはこだわらない。あれば喜ぶし、安売り品は嫌いだし、まずいものも人並みに嫌がるけど、美味しいものを食べるのに労力を使いたがらない。何かを食べるためにどこかへ行く、とか、評判の何かを買うために並ぶ、とか、旅先で何を食べたいからあらかじめお店を調べておく、とかは一切しない人たちである。私を除いて。

というわけで、一生懸命自己弁護してみた。

確かに、普段口にしているものがどこから来ているかを考えるのは大切なこと。偏執狂的に調べる必要は無いけど、例えば小麦粉やお味噌を買った時に、原材料がどこ産と表示されているか見るだけでも、わかることはある。そこから発展すれば、その原産地のことに色々と思い至るんじゃないだろうか。例えば、これを作る畑のために、熱帯雨林を切り開いていないだろうか、とか。この原産国との関係は大丈夫か、とか。ポピュラーなところでは、この国の自給率大丈夫かよ、とか。こんなに遠くから運んできて、どれだけエネルギー使ったんだよ、とか。

それから、必ずしも必要じゃないもの、珍味の類を世界中からかき集めるのもどうかと思うし(フカヒレの顔を見るたびに、鮫絶滅しないかなぁ、と心配になる)、冷房ガンガンに利かせた部屋でおでんとか鍋物を食べる類の贅沢も、とんでもない話だと思う。

ただ、人は目の前に美味しいものがあれば食べたがるものだし、そのためにどの程度の労力を費やすかは、ある程度はその人の自由だ。それを否定し始めたら、人生から潤いが消えてゆく。栄養価が十分なだけの食事って、したことあります?私は一人暮らしの初期の頃、よくやらかしましたが、食べ終わると泣けてきますよ。

潤いが無いと生きていけないなんて贅沢言うんじゃねーよ、という意見もあることは認める。でも、それは凡人には無理。

手近な旬のものだけを食べていればそれで事足りるはず、という意見もあるだろうけど、毎日お弁当を作る立場からすると、トマト使えないのは彩り的に辛いです。真冬にトマトを作るにはどれだけのエネルギーが必要で、CO2排出量これだけです、と言われても、そこは私はごめんなさいとしか言えない。前にも言ったけど、この話をつきつめすぎると、身投げするしかなくなってしまう。

話はそれまくったけど、今回偽装されていた食べ物たちは、みんな、手近なところにある、ちょっと美味しそうなものたちだった。ほんのすこしの労力で、あるいは労せずして、それを食べていいよと言われたら、手を伸ばすのが人情だ、というレベルの。

それを裏切った企業側の責任は問われて然るべきだし、そもそも嘘ついちゃいけません、っていうのは、幼稚園の頃に誰だって言われた決め事。どんな宗教にも定められている禁忌。

もちろん、欲しいものがいつでも手に入るにはわけがある、ということを消費者は知らなければいけないし、目の前の食べ物がどんな経緯でここにあるのか、ということは、知っていた方がいいんだよね。

そのためには、いい勉強にもなったと思う。「何を信じていいかわかりません」なんて言う前に、便利さの裏を見てみよう。

« 負け犬の無駄吠え | トップページ | ショック療法だったのか »

トピックス」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/51620/8902248

この記事へのトラックバック一覧です: 悪いのは誰なんだろう:

« 負け犬の無駄吠え | トップページ | ショック療法だったのか »

2018年9月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            

最近のトラックバック

無料ブログはココログ