« 召しませ、毒入りフィガロ | トップページ | バイオリズム低下中につき・・・ »

2007年3月15日 (木)

東京バレエ団「ジゼル」

様々な意味で、素晴らしい舞台でした。ルグリの至芸、コジョカルの名演、そして東京バレエ団の底力に、心から拍手を贈ります。

キャスト

ジゼル:アリーナ・コジョカル  アルブレヒト:マニュエル・ルグリ  ヒラリオン:木村和夫

ミルタ:井脇幸江  バチルド:浜野香織  ベルタ:橘静子  公爵:後藤晴雄  パ・ド・ユイット:小出領子、古川和則、高村順子、中島周、長谷川智佳子、平野玲、佐伯知香、大嶋正樹 ドゥ・ウィリ:小出領子、長谷川智佳子

 いつも思いまずが、東京バレエ団というところは、真ん中にゲストを招く際、惜しげもなくその周囲にプリンシパルを配置しますよね。定評がある井脇ミルタや木村ヒラリオンだけでなく、公爵に後藤さんとは!パ・ド・ユイットも主力級のソリスト、加えて小出さんという豪華さ。思わず目が眩みました。

 ところで、ルグリとコジョカルと聞けばまず連想してしまうのが「この犯罪者!」という一言。ルグリのアルブレヒトは、予想と寸分違わず、自然体且つ高貴で余裕があり、遊び慣れた色男。村娘ジゼルを誑かすくらい、赤子の手を捻るより楽だったことでしょう。確かに、既に貫禄が出てしまっていて、完璧すぎて若さは感じないんですけど、

 一方コジョカルのジゼルは、ルグリよりもまだ頭一つ小柄な体躯そのままに、印象まで可憐で華奢。心臓が悪いという設定も真に迫る、薄幸の美少女ぶりでした。

 でも、一幕でまず目がいったのは、木村さんのヒラリオンですね。あのヒラリオンは、きっと真面目だけど根暗で、口も下手なんでしょう。真心だけはあるんだけど、面に出せないまま陰にこもってしまい、結果的に陰湿になってしまう。気の毒だけれど心の底から同情は出来ず、応援も出来ないというヒラリオンの立場を、見事に演じておられました。

 もうひとつ目がいったのは、ワシーリエフ版特有のパ・ド・ユイット。ペザント・パ・ド・ドゥではないんですね~。キャスティングが豪華すぎることもあり、見ごたえのあるシーンでした。きっとあの中に、明日の東バのジゼル&アルブレヒトが居るんですよね。小出さんなんかは特に。

 …というか、この日のコール・ドの精度はどうしたことでしょう。私が過去に観た日本のバレエ団の中で、最高に揃ってました!あれなら世界中どこに出しても恥ずかしくないですよ。もちろん、東バのコール・ドは揃ってなくても活き活きしてて、それぞれに生きている感じはありますが、そこに統一美が加わると、凄みが出ますね。

 一幕の見所は、月並みながら「狂乱の場」。コジョカルのジゼルは、決して激しくは乱れないし、髪も最初から下ろしているので、絵的に大袈裟ではない。非常に静かですが、何か開けてはいけない蓋を開けてしまったような、覗いてはいけない闇を見てしまったような恐ろしさを感じました。ジゼルは夢見がちな少女ですが、そのぶんどこか、現実に生きていなくて、異界に溶けてしまう面を持っていたのかもしれません。

 そうそう、あくまで私の目から観た感じで、お付き合いのあるサイト様には正反対のことが書いてあったんですけど、私にはコジョカルのジゼルは、徹頭徹尾、精霊にしか見えなかった。赦す、赦さないという葛藤は既に無く、愛情はあるのかもしれないけど、表出することも、関わりあうことも、出来なくなってしまっている。何故なら彼女は異界のモノになったから。どうしてもそういう風に見えたんですよね。

 でも、二幕のハイライトは、個人的にはウィリたちの踊りです。コール・ドは完璧を通り越して幽玄の世界に入っていたし、それを統率する井脇さんが本当に美しい!凛として、気品と霊気と、深い悲しみを背負っているようなミルタでした。井脇さんはミルタを、愛した人に裏切られて、復讐のために自殺したのでは、と言っておられましたが、恨み辛みを通り越した、冷ややかな心を感じました。ゆったりした動きにも隙が無く、女王然、というのはああいうたたずまいを言うんでしょうね。

 もちろん、それにぶっ殺される木村ヒラリオンも素晴らしかった。あのシーンは大抵、踊りが今ひとつか、芝居が大袈裟になるかどっちかに転ぶんですが、木村さんはその真ん中の、調度いい位置を真っ直ぐに、破滅に向って突っ込んでくださいました。ヒラリオンてこんな凄い役だったんだ、と、今回しみじみと思いました。

 で、肝心のルグリはと言いますと、体力的に死にそうな感じはしなかったんです。あまりに完璧だから、「はい起き上がって、同じことをもう一回」と言ったら、まるで録画を再生するように、何度でも出来てしまいそう。ウヴァーロフが若い頃やったアルブレヒトを、数段凄くすると、きっとあんな感じです。

 その一方、演技は私の描いていたアルブレヒト像を大きく裏切ってくれて、非常に面白かった。あのアルブレヒトは、肉体的には生き延びたけれど、精神的にはきっと死んだと思うんです。彼はジゼルを愛していたのか?明らかに、最初は遊びだったんでしょう。喪って初めて、その貴重さに気付いた、そして夜の森へ…そこまでは、ありきたりな展開。後悔と憂愁の演技も見事なもの。だけど彼は、踊りながら明らかに、異界の方へ近付いていくんですよ。愛情が妄執に変わり、ジゼルから離れられなくなっていく。

 きっと彼には、踊りながら殺されて、そのまま異界へ引っ張り込まれるのが、唯一の救いだったんです。最後の最後、独り残された彼の双眸には、最早何も映っていなかった。あるとしたら夜の残像だけ。生き延びはしたけれど、既にこの世に居場所は無く、呆然と魂の抜け殻になって彷徨うのが精一杯。ジゼルは彼の心を連れて行ってしまった。取りようによっては、それが彼女の復讐だったのかもしれない――なんて。

 早い話が、深読みのし甲斐がある、含蓄のある舞台でした。名のある役の人たちが、みんなその人にしか出来ない解釈で、練り上げられた演技を持っていて、狂いの無いコール・ドが完璧に支えた。その中でこそ、面白い化学反応が起きたり、奇跡的な偶然が起きたりする。そういうことですよね。

 あー…久し振りに生バレエが観たいな~!

« 召しませ、毒入りフィガロ | トップページ | バイオリズム低下中につき・・・ »

バレエ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/51620/5699957

この記事へのトラックバック一覧です: 東京バレエ団「ジゼル」:

« 召しませ、毒入りフィガロ | トップページ | バイオリズム低下中につき・・・ »

2018年6月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

最近のトラックバック

無料ブログはココログ