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2006年8月17日 (木)

読んでも楽しくない話が続きます

でも以前から、どっかっでは言ってみたかったのです。

 学生時代、東京に住んでいた頃、上京した祖母に頼まれて、靖国神社に案内しました。そこには、彼女の叔父二人が祀られているのだそうです。ただ私はといえば、本当は鳥居をくぐりたくなかった。どうしても素直に手を合わせられない何かを、今、あの神社は持っています。A級戦犯の合祀という、単純な話ではなくて。

 結論から言うと、私は靖国神社の「英霊洗い直し」をした方がいいと思う。というのは、今、ご遺族で、合祀取り消しのため裁判をされている方がいらっしゃいますよね。ほかにも、高校時代の政治・経済の授業で、殉職されたキリスト教自衛官のご遺族が、宗教上の理由で合祀を拒否したけれど、叶わなかった、という話を聞きました。このようなケースは、「思想・信教の自由」に反するのではないでしょうか。正当な理由があり、ご遺族・関係者の方が求めたのなら、御霊をお返しすべきではないか、と思うのです。もちろんこれは靖国の論理には反しますが、人の家の仏壇から、勝手に位牌を持っていくような所業だと、私の目には映るのです。で、洗い直しをした上で、宮司の胸ひとつじゃない、明確な合祀の基準を定めていただきたい。その基準には、当然、「ご遺族の同意」も含まれます。

 で、「洗い直し」にかこつけて、A級戦犯の方々にもお帰りいただきます。なぜならば、彼らは戦没者ではないから。奇しくも先日報道された、東條元首相の言葉のように、61年前の基準では、彼らは合祀の対象者ではありません。本音が政治的意図であることは否定しませんが、彼らを合祀した際の、神社側の意図にも承服しかねるので。

 A級戦犯は、その名の通り、裁判で定められた戦争犯罪人、責任者とされる人々です。裁判の是非はともかく、この国はそれを受け入れて、その上に戦後を築いてきた。何十年か後に「あの裁判はおかしかった」なんて言ってももう遅い。そう言いたければ、私たちは今までの61年を、すべて返上しなければならない。その覚悟が無いなら、無責任に批判だけする権利は無いと思うのです。

 そして、一度「戦争犯罪人」になった以上、その扱いは政治的な問題のはず。それを、一宗教法人に過ぎない靖国神社が、何故勝手に出来るのか。私が鳥居をくぐりたくなかった唯一最大の理由は、あの神社のこういう姿勢に、胡散臭さを感じるから。彼らは宗教を楯に、目一杯政治的です。それは私の考える「宗教」の姿ではない。

 一番大切なのは、靖国に、「ただの神社」に戻っていただくこと。私人として、プライベートな時間に勝手に行くのはともかく、現職の政治家が、公務の時間(あるいは、それと区別できないような状況下)に行く場所じゃない。そして、「こここそが、戦没者慰霊施設だ」と偉ぶるのもやめていただきたい。靖国は「多くの中のひとつ」に過ぎません。沖縄に、広島に、長崎に、それぞれの慰霊碑があるように。ただひっそりと、九段にあればいい。そして、千鳥が淵あたりで、メインの祭礼をやればいいのです。何故なら靖国には、空襲などで亡くなられた、兵士よりも数の多い、民間の方々の名前が無い。それに、既述の宗教の問題もありますから。

 中国や韓国が騒ぐから、ではなくて、今のままでは私自身も、鳥居をくぐりたくないのです。「英霊」でない多くの御霊が、今は半ば無視され、靖国の存在だけが暴走しているように見えます。そんな神社なら、私は要らない。今はまだ、そうとしか言えません。

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